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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)818号 判決 1981年8月31日

控訴人 金子誠

右訴訟代理人弁護士 中野智明

被控訴人 佐藤達廣

右訴訟代理人弁護士 伊藤廣保

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、金四三二万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年三月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  控訴代理人の主張

1  控訴人のサンコー機販に対する連帯保証債務の履行を被控訴人がなす旨の契約(以下、「本件契約」という。)は、控訴人と被控訴人の代理人南川光徳(以下、「南川」という。)との間において締結されたものである。仮に被控訴人が、南川に対し、サンコー機販に対する東和金属工業のジュークボックス二〇台の代金支払債務につき連帯保証することについてのみ代理権を付与したとしても、東和金属工業が右債務を履行しないときは、同社に代ってその債務を履行する責に任ずるという内容においては、連帯保証債務を本件契約も同一であるから、南川のした本件契約の締結は、右代理権の範囲内の事項である。

2  仮に、南川のした本件契約の締結が右代理権の範囲外の事項であったとしても、控訴人は、南川が被控訴人の実印等を所持していた等の事情から、南川の本件契約の締結が右代理権の範囲内の事項であると信じたもので、そのように信ずることに正当の理由を有していたものである。

3  被控訴人の抗弁事実は否認する。

二  被控訴代理人の主張及び抗弁

1  控訴人の右主張事実はすべて否認する。控訴人は、本件契約の締結が南川の代理権の範囲外の事項であることを知っていたものである。

2  仮に、サンコー機販と東和金属工業との間において控訴人主張の売買契約が締結されたとしても、右契約は無効である。すなわち、

(一)  右契約は、売買の目的物であるジュークボックス二〇台が存在しなかったから、不能を目的とする契約である。

(二)  右契約は、サンコー機販の社員訴外西橋進(以下、「西橋」という。)と東和金属工業の代表者南川とが通謀してした内容虚偽の契約である。

三  証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によると、

1  控訴人は、昭和五一年八月頃取引先の東和金属工業代表者南川から、同社が高利の借金に困っていることを聞き、サンコー機販の社員西橋と相談して、控訴人が、その所有する在庫商品ジュークボックス二〇台をサンコー機販に売却し、その代金をもって東和金属工業に融資するとともに、同社をしてサンコー機販から右ジュークボックス二〇台を長期の月賦で買い受けさせることとし、右の趣旨を南川に告げてその了承を得た。

2  西橋は、控訴人に対し、サンコー機販と東和金属工業との間の右売買契約につき控訴人が東和金属工業のため連帯保証することを求めたので、控訴人は、南川に対し、右連帯保証する条件として、サンコー機販から連帯保証の履行を求められたときのため保証人をつけるよう求めた。

そこで、南川は、義兄の被控訴人に対し、「金融に追われて商売もうまくいかない。ついては、ジュークボックスを買ってそれをバーに置いて日銭を稼ごうと思うので、ジュークボックスの売買の保証人になってもらいたい。ジュークボックスの代金は七〇〇万円位であるが、もし私がだめになっても、機械を引上げれば迷惑はかからない。」旨話し、これに対して、被控訴人は、東和金属工業の右売買代金支払債務につき保証することを承諾し、契約書作成のための印鑑証明書、実印を南川に預けた。

3  サンコー機販と東和金属工業との間において、昭和五一年八月二五日、サンコー機販が、東和金属工業に対し、ジュークボックス二〇台を代金七四三万四〇〇〇円、毎月末日に四一万三〇〇〇円宛支払うとの約で売り渡す旨の売買契約書が作成された。

4  南川は、同年八月三一日西橋とともに公証人役場に赴き、公証人に対し、被控訴人から預かった前記印鑑証明書、実印を示し、自己が被控訴人本人であると称して、右売買契約につき、被控訴人が、東和金属工業の連帯保証人である控訴人のサンコー機販に対する連帯保証債務を重畳的に引受け、同社に対し控訴人と連帯して弁済すること、被控訴人は、控訴人がサンコー機販から本件債務の割賦弁済につき請求を受けたときは、直ちに同社に対し控訴人に代って支払をする旨の控訴人との間の債務引受に関する公正証書の作成を依頼し、被控訴人名で署名捺印し、その後控訴人も公証人役場に出頭して自己の署名捺印をして右内容の公正証書が作成された。

5  控訴人は、右公正証書作成後直ちに前記売買契約書に東和金属工業の連帯保証人として署名捺印したうえ、サンコー機販に対しジュークボックス二〇台を売り渡し、納品書及び代金請求書を交付してサンコー機販から右代金として小切手と約束手形で合形六三〇万円の支払いを受け、これを現金化して内四六〇万円を南川に交付して貸付けた。

6  東和金属工業がサンコー機販から買い受けるジュークボックス二〇台は、両社間の売買契約では東和金属工業が代金を完済するまでサンコー機販に所有権が留保されることになっていたが、控訴人と南川との間では、東和工金属工業がサンコー機販から引渡しを受けた後、直ちに控訴人の東和金属工業に対する貸付金の支払に代えて控訴人が取得し、これを第三者に売却することが予定されていて、控訴人は、東和金属工業がサンコー機販からジュークボックス二〇台の引渡しを受けた後、直ちにこれを引き上げ、他に売却した。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

二  右認定事実によれば、サンコー機販と東和金属工業との間において控訴人主張の売買契約が締結され、右契約に関し、南川が、被控訴人の代理人として、控訴人との間で、右契約に基づく控訴人のサンコー機販に対する連帯保証債務につき重畳的債務引受契約を締結したものであるところ(前記公正証書は、その作成の経過からみて、有効に成立したものとは認め難いが、前記認定事実からすれば、本件契約の締結につき、南川と控訴人との間に意思の一致のあったことは十分認められる。)、南川が被控訴人から授与された代理権は、被控訴人が東和金属工業の売買代金支払債務について保証することにあったのであるから、南川が被控訴人を代理して締結した本件契約は、契約当事者、契約内容につきその授権の範囲を踰越して締結された無効な契約であるといわなければならない。

三  そこで、表見代理の主張につき判断する。

前記認定事実によると、南川が控訴人と本件契約を締結するにつき被控訴人の印鑑証明、実印を所持していたことが認められないではないが、他面、本件契約は、控訴人がその所有する在庫商品のジュークボックス二〇台をサンコー機販に売却し、その代金を東和金属工業に融資するとともに、同社をしてこれを長期の月賦で買い受けさせる取引に関して締結されたものであるところ、東和金属工業がサンコー機販から買い受けるジュークボックス二〇台は、東和金属工業に引渡された後、直ちに控訴人の同社に対する貸金の支払に代えて控訴人が取得し、これを第三者に売却することが予定されていたこと、そのため、サンコー機販は、売買代金の支払を担保するジュークボックスの所有権を現実には留保せず、東和金属工業が割賦代金の支払を怠ったときは、その金額を連帯保証人において弁済すべきこととしたこと、当時、東和金属工業は高利の借金に困っていて、控訴人と東和金属工業の支払能力に不安を持ち、本件契約が締結されることを東和金属工業の連帯保証人となることの条件としていたこと、本件契約では、事実上、被控訴人がサンコー機販に対する売買代金債務の最終的支払責任を負うことになるが、本件契約で利益を受けるのは南川が代表取締役であった東和金属工業であって、被控訴人は何等の利益も受けないことが認められる。

このような場合、たとえ、南川が、被控訴人から代理権の授権を受けたとし、本人の印鑑証明、実印を所持していたとしても、契約の相手方としては、その代理権の有無について当然疑念が持たれるのであるから、本人にその確認手続をとるべきものと解されるところ、控訴人が右手続をした事実は認められない。

したがって、控訴人が、本件契約締結につき南川に代理権があると信じたとしても、そのように信じることに過失があるというべきであるから、民法一一〇条所定の正当理由があったものということはできず、表見代理の成立は認められない。

四  よって、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田宮重男 裁判官 真榮田哲 木下重康)

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